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名古屋高等裁判所 平成5年(ネ)870号 判決 1997年10月30日

控訴人(一審原告)

株式会社総合駐車場コンサルタント

右代表者代表取締役

堀田正俊

右訴訟代理人弁護士

内藤義三

右輔佐人弁理士

足立勉

被控訴人(一審被告)

株式会社倉吉サンピア

右代表者代表取締役

宇崎正雄

被控訴人(一審被告)

株式会社白兎設計事務所

右代表者代表取締役

入江伸二

被控訴人(一審被告)

西日本商事株式会社

右代表者代表取締役

小林寛俊

右被控訴人三名訴訟代理人弁護士

四橋善美

髙澤新七

舟橋直昭

髙橋譲二

右被控訴人三名輔佐人弁理士

石田喜樹

被控訴人(一審被告)

株式会社竹中工務店

右代表者代表取締役

竹中統一

被控訴人(一審被告)

株式会社東北ニチイ

右代表者代表取締役

備谷寛二

被控訴人(一審被告)

株式会社西友

右代表者代表取締役

藤勝宏

被控訴人(一審被告)

山本慎一

右被控訴人四名訴訟代理人弁護士

舟橋直昭

髙橋譲二

右被控訴人四名輔佐人弁理士

石田喜樹

被控訴人(一審被告)

株式会社熊谷組

右代表者代表取締役

熊谷太一郎

右訴訟代理人弁護士

小嶋正己

被控訴人(一審被告)

鹿島建設株式会社

右代表者代表取締役

宮崎明

右訴訟代理人弁護士

大久保重信

被控訴人(一審被告)

東邦生命保険相互会社

右代表者代表取締役

﨏川利内

右訴訟代理人弁護士

小木郁哉

被控訴人(一審被告)兼右被控訴人一〇名補助参加人

大井建興株式会社

右代表者代表取締役

大井友次

右訴訟代理人弁護士

四橋善美

髙澤新七

舟橋直昭

髙橋譲二

右輔佐人弁理士

石田喜樹

主文

一  控訴人の被控訴人株式会社倉吉サンピア、同株式会社竹中工務店、同株式会社白兎設計事務所、同東邦生命保険相互会社、同株式会社東北ニチイ、同株式会社熊谷組、同西日本商事株式会社、同大井建興株式会社、同株式会社西友、同山本慎一に対する本件控訴を、いずれも棄却する。

二  控訴人の被控訴人鹿島建設に対する当審における請求を棄却する。

三  控訴費用及び当審における前項の請求に関する訴訟費用は、いずれも控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

{控訴人の被控訴人株式会社官交シティに対する訴え(名古屋地方裁判所昭和六一年(ワ)第一〇七四号事件)は、当審において、訴えの取下がなされたことにより終了した。}

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、控訴人に対し、それぞれ、金二〇〇〇万円及びこれに対する、

(一) 被控訴人株式会社竹中工務店(以下「被控訴人竹中工務店」という。)は昭和五九年一月二六日から、

(二) 被控訴人株式会社倉吉サンピア(以下「被控訴人倉吉サンピア」という。)及び同株式会社白兎設計事務所(以下「被控訴人白兎設計事務所」という。)は同年一月二七日から、

(三) 被控訴人東邦生命保険相互会社(以下「被控訴人東邦生命保険」という。)及び被控訴人鹿島建設株式会社(以下「被控訴人鹿島建設」という。)は同年一〇月一二日から、

(四) 被控訴人株式会社熊谷組(以下「被控訴人熊谷組」という。)は昭和六〇年三月六日から、

(五) 被控訴人株式会社東北ニチイ(以下「被控訴人東北ニチイ」という。)は同年三月七日から、

(六) 被控訴人大井建興株式会社(以下「被控訴人大井建興」という。)は同年四月一〇日から、

(七) 被控訴人西日本商事株式会社(以下「被控訴人西日本商事」という。)は同年四月一一日から、

(八) 被控訴人株式会社西友(以下「被控訴人西友」という。)は同年八月二日から、

(九) 被控訴人山本慎一(以下「被控訴人山本」という。)は昭和六一年三月一日から

各支払済みまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。

(被控訴人鹿島建設を除くその余の被控訴人らに対する請求は、いずれも内金請求である。)

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人ら

1  被控訴人倉吉サンピア、同竹中工務店、同白兎設計事務所、同東邦生命保険、同東北ニチイ、同熊谷組、同西日本商事、同大井建興、同西友及び同山本

主文一項と同旨

2  被控訴人鹿島建設

(一) 主文二項と同旨

(二) 仮執行免脱宣言

第二  事案の概要

事案の概要は、以下のように、付加訂正をするほか、原判決「事実及び理由」欄第二の記載(ただし、被控訴人株式会社官交シティに関する部分を除く。)と同一であるから、これを引用する。

一  原判決二頁一一、一二行目を次のように改める。

「本件は、控訴人において、被控訴人倉吉サンピア、同竹中工務店、同白兎設計事務所、同東邦生命保険、同東北ニチイ、同熊谷組、同西日本商事、同大井建興、同西友、同山本に対し、特許権侵害に基づく損害賠償金、被控訴人鹿島建設に対し、特許出願公開後の発明実施に基づく補償金(被控訴人鹿島建設に対しては、当審において、特許権侵害に基づく損害賠償金請求から右補償金請求へ請求原因を交換的に変更した。)、並びに、それらの結果発生後の遅延損害金の支払を求めた事案である。」

二  同三頁五行目の次に改行して次のように加える。

「出願公開日  昭和五四年二月二一日」

三  同一〇頁八行目の次に改行して次のように加える。

「6 被控訴人大井建興が控訴人に対し、本件特許権につき同被控訴人が特許法三五条一項(職務発明)に基づく通常実施権を有することの確認を求めた訴訟(差戻後の一審・名古屋地方裁判所平成六年(ワ)第九五一号、同控訴審・名古屋高等裁判所平成八年(ネ)第七六五号。以下「別件通常実施権確認訴訟」という。)につき、差戻後の一審である名古屋地方裁判所が平成八年九月二日に同被控訴人の右請求を全部認容する判決を言渡し、その控訴審である名古屋高等裁判所が平成九年五月二八日に控訴人の控訴を棄却する旨の判決を言渡し、右判決は、控訴人が上告しなかったため、平成八年六月一二日の経過により確定した。(乙一六九、一七七、一七八)」

四  同一一頁二行目から同一二頁一二行目までを次のように改める。

「① 本件発明における車路は、三六〇度の旋回走行によって一フロア分の高さを昇降することが可能な構造(以下「昇降可能構造」という。)の車路であり、その昇降可能構造の車路とは、車が二台行き違えるのに充分な幅を有し、昇降のいずれにも障害とならない程度の緩傾斜で、途中連続して途切れない構造の車路を意味するところ、イ号物件等における車路もこれと異ならず、その作用効果も同一であるから、イ号物件等は、本件発明の構成要件を充足するものであり、本件発明の技術的範囲に属する。

② もっとも、本件発明における車路は一経路であるのに対して、イ号物件等は二経路の車路を有するものであるが、本件発明は方法の発明ではなく物の発明であって、物理的な構造自体が発明の構成要件となるに過ぎず、使用方法を要件に取り込むことは許されないのであるから、イ号物件等は、二経路の車路のうち、一方を上昇用に、他方を下降用に区別して使用するものであるのに対し、本件発明における車路は、上昇にも下降にも使用するものである等という車路の使用方法の差異を理由に、本件発明に対する侵害の成否を論ずることはできない。

また、本件発明の車路について、一フロア分の高さを昇降するにつき、基準階におけるフロアの外周一杯を旋回するものでなければならない旨の限定はないから、本件発明の車路は、フロアの外周一杯を旋回するものであることを前提として、イ号物件等の車路との差異を論ずることもできない。

さらに、イ号物件等における共有車路は、本件発明の車路を二つ併せれば、設計上当然に設けられるものであって、当業者が土地の形状や大きさに対応して、適宜僅かな設計変更にて建設が可能なものであり、また、本件発明とイ号物件等との間のその他の差異も、土地の形状、大きさに対応して又は周知技術を用いてなされ得る単なる設計的事項に過ぎない。すなわち、具体的な傾斜等の数値の差異(イ号、ロ号及びホ号物件)、下降用車路のコーナー部及び上昇用車路のコーナー部が平面に形成されていること(ホ号物件)、駐車場の一辺にアウトサイドパーキングエリアが設けられていないこと(ホ号物件)、各々アウトサイドパーキングエリアの傾斜の数値の差異(イ号及びロ号物件)、共有車路が傾斜平面状の直進部と、その直進部の両端にそれぞれ連なる水平な分岐車路とから構成されている点(ハ号物件)は、単なる設計的事項に過ぎないものである。

③ なお、イ号物件等は、本件発明における車路を二経路設けたことにより、事故発生の危険や渋滞を避け得るという本件発明にはない作用効果をもたすものであり、本件発明とは別発明と評価されるとしても、本件発明の構成要件を充足する以上、その利用発明にほかならず、本件発明を侵害するものである。」

五  同一三頁一一、一二行目「前記要件を充足していないし、その作用効果も異なる」を「イ号物件等は、構造上、本件発明の前記要件を充足しないし、その作用効果も、本件発明と比べて狭小な敷地への適用は制限される反面、車両の対面交通による事故発生の危険を避け得るという特別の作用効果を有する点において、本件発明とは異なるものである。」に改める。

六  同一九頁一一行目冒頭から同二〇頁一三行目末尾までを次のように改め、同二一頁一行目「(3)」を「(2)」に、それぞれ改める。

「(1) 特許法三五条一項(職務発明)に基づく被控訴人大井建興の通常実施権

前記三(原判決「事実及び理由」第二の一6)のとおり、別件通常実施権確認訴訟における判決の確定により、本件特許権につき被控訴人大井建興が特許法三五条一項に基づく通常実施権を有することが確定した。したがって、右確定判決に反する主張や判断をすることは許されない。」

七  同二一頁一〇行目から同二二頁三行目までを次のように改める。

「ロ 被控訴人倉吉サンピアは、倉吉サンプラザアビルの設計のうち、立体駐車場部分(イ号物件)の設計を被控訴人大井建興に、その余の建物(店舗)部分の設計を被控訴人白兎設計事務所に発注した。被控訴人大井建興は、昭和五七年七月二〇日ころまでに右立体駐車場の設計を完了し、同年八月ころ、被控訴人白兎設計事務所名義の実施設計図を自ら作成し、さらに、被控訴人大井建興名義で右立体駐車場の構造計算書等を作成し、これらを被控訴人倉吉サンピアに交付した。その後、被控訴人倉吉サンピアは、昭和五八年三月九日付で被控訴人竹中工務店と第一建設工業の共同企業体(代表は被控訴人竹中工務店)との間で、倉吉サンプラザアビルの新築請負契約を締結し、被控訴人白兎設計事務所に右工事の監理を委託した。被控訴人大井建興は、被控訴人竹中工務店から同年四月二二日付で右立体駐車場部分の鉄骨工事を代金七五五〇万円で請け負って、右鉄骨工事を実施し、その余の工事は右共同企業体が被控訴人大井建興の作成した実施設計図及び構造計算書等に基づいて施工した。右立体駐車場部分(イ号物件)の工事代金のうち、被控訴人大井建興が請け負った鉄骨工事は約八〇パーセントに達するものであり、右駐車場の車路及び駐車スペースの勾配その他の構造は、鉄骨工事の実施によって一義的に決定されるから、右鉄骨工事がなされれば、本件発明の実施工事(生産)は、実質上ほぼ完結したものといってよいものである。」

八  同二六頁三行目から同九行目までを次のように改める。

「被控訴人大井建興が本件特許権につき職務発明による通常実施権を有しても、他人に実施させる権利(再実施許諾権)はない。他人を利用する場合には、特許法的にみて、その者が実施権者である被控訴人大井建興の忠実な手足と認められる場合に限定される。すなわち、特許法的にみて手足といえるためには、原料の購入、製品の販売、品質等について綿密な指揮監督を行い、しかも全量納入特約があり、実施権者の計算による行為であることを要する。

イ号物件ないしホ号物件の建築ないし使用は、以下に述べるように、右のような基準に該当せず、通常実施権の範囲を逸脱している。したがって、右通常実施権の援用によって、被控訴人ら(ただし、被控訴人山本及び同鹿島建設を除く。)は、本件特許権侵害の責任を免れることはできない。

また、被控訴人鹿島建設は、本件発明の出願公開後で出願公告前である昭和五六年一〇月に、当時建築中に係るロ号物件について、被控訴人東邦生命保険を通じ、控訴人から本件発明に抵触する旨の警告を受けたものであるから、右出願公開後における本件発明の実施に基づく補償金(以下「本件補償金」という。)の支払義務を免れることはできない。」

九  同二七頁二行目「同被告は」を「被控訴人竹中工務店はその建築について、被控訴人倉吉サンピアはその使用について」に、同一二行目「被告鹿島建設は」から同二八頁初行「ものである。」までを「被控訴人大井建興の有する通常実施権の援用によっては、被控訴人鹿島建設はその建築について本件補償金の支払義務を、被控訴人東邦生命保険はその使用について本件特許権侵害の責任を、それぞれ免れることはできない。」に、同二八頁八行目「同被告は」を「被控訴人熊谷組はその建築について、被控訴人東北ニチイはその使用について」に改める。

一〇  同三二頁九行目「損害」を「損害等」に、同三三頁七行目「二九三一号事件被告ら」を「被控訴人東邦生命保険」に、同一〇行目「本件特許権侵害により」を「被控訴人東邦生命保険の本件特許権侵害により」に改め、同一〇行目の次に改行して以下のとおり加える。

「また、特許出願公開後の発明実施に基づく補償金の額は、通常のロイヤリティ相当分である建築価格の四ないし五パーセントとすべきところ、ロ号物件の価格は建築時において五億円以上であるから、本件補償金は二〇〇〇万円を下らない。したがって、控訴人は、被控訴人鹿島建設に対し、右同額の補償金の支払を求めることができる。」

一一  同三六頁三行目の次に改行して以下のとおり加える。

「5 本件補償金の消滅時効について」

(一)  被控訴人鹿島建設

仮に、本件補償金支払義務が発生するとしても、本件補償金請求権は、本件発明の出願公告日である昭和五七年七月二八日から三年を経過することにより時効消滅するところ、控訴人が被控訴人鹿島建設に対してこれを請求したのは、平成六年一一月二四日送達にかかる控訴人の当審の第四回準備書面によるものであって、消滅時効の完成後であるから、被控訴人鹿島建設は右消滅時効の援用をする。

(二)  控訴人

控訴人は、出願公告日から三年以内である昭和五九年に提起した本訴において、控訴人鹿島建設に対し、本件特許権侵害に基づく損害賠償請求をしている。しかして、右損害賠償請求と本件補償金請求とは、ともにロ号物件が本件発明に抵触することを理由とするものであって、実質的な差異はない。したがって、昭和五九年の本訴の提起により、本件補償金請求の消滅時効は進行しないというべきである。」

一二  原判決別紙イ号ないしホ号物件目録を、本判決別紙イ号ないしホ号物件目録に改める。

第三  証拠

証拠関係は、原審及び当審の各証拠目録に記載されたとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  各号物件が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて

1  ヘ号物件については、本件発明の技術的範囲に属することは当事者間に争いがない。

2  ニ号物件について、本件発明の技術的範囲に属すると認めるのが相当であり、その理由は、原判決「事実及び理由」欄第三の一3(原判決四一頁四行目から四三頁六行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

3  イ号ないしハ号及びホ号物件については、右各物件が本件発明の技術的範囲に属するか否かの判断をさておき、前記第二の三のとおり、控訴人の本件特許権につき被控訴人大井建興が特許法三五条一項(職務発明)に基づく通常実施権を有する旨の判決が確定したことから、これと相反する認定判断は、右判決の既判力に抵触し、許されない。したがって、右各物件が仮に本件発明の技術的範囲に属するとした場合でも、右各物件が被控訴人大井建興の通常実施権に基づいて建築したものといえれば、本件特許権侵害とはならない(特許法三五条一項)わけであるから、以下、通常実施権の行使と認め得るか否かを検討する。

二  通常実施権の行使について

1  各号物件は通常実施権の行使に基づくものか

(一) ニ号物件及びヘ号物件

ニ号物件及びヘ号物件は、被控訴人大井建興の通常実施権に基づいて建築されたものと認めるのが相当であり、その理由は、以下のとおり付加訂正をするほか、原判決「事実及び理由」欄第三の二4(原判決五二頁一二行目から五六頁四行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

(1) 原判決五四頁九行目から同五五頁二行目までを次のように改める。

「右(1)ないし(5)の各事実のとおり、被控訴人大井建興がニ号物件のような傾床型自走式立体駐車場に関する設計・施工の技術・ノウハウを有していること(東栄建設が右のような技術やノウハウを有していることは証拠上窺えないこと)、被控訴人大井建興はニ号物件と同種の駐車場の設計・施工の経験が多数あること、請負代金の取得割合も東栄建設よりも多いことからすれば、右契約は東栄建設と共同企業体の形態で締結されたものではあるものの、フロア構造の工事という点では、被控訴人大井建興の有する設計・施工の技術・ノウハウ等に全面的に依拠して完成されたもので、被控訴人大井建興が主導的な立場に立ち、東栄建設は被控訴人大井建興の指示のもとに、その補助的な役割を担ったに過ぎないものと認められる。」

(2) 同五四頁八行目末尾に改行のうえ次のように加える。

「また、控訴人は、特許法的にみて通常実施権者の手足といえるためには、原料の購入、製品の販売、品質等について綿密な指揮監督を行い、しかも全量納入特約があり、通常実施権者の計算による行為であることを要する旨主張するが、右認定のような事実関係が認められれば、被控訴人大井建興が通常実施権に基づいて、これを建築(製造)したものと認めるべきであり、控訴人の右見解は厳密に過ぎ採用することができない。」

(二) イ号物件

原判決「事実及び理由」欄第二の一4の事実及び証拠(乙二三ないし二五、一五〇、一五一、一六二の一ないし五、一六三の一ないし三、一六四の一、二、一六五、一七〇)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被控訴人倉吉サンピアは、倉吉サンプラザアビルの設計のうち、立体駐車場部分(イ号物件)の設計を被控訴人大井建興に、その余の建物(店舗)部分の設計を被控訴人白兎設計事務所に発注した。被控訴人大井建興は、昭和五七年七月二〇日までに右立体駐車場の設計を完了し、同年八月ころ、被控訴人白兎設計事務所名義の実施設計図を自ら作成し、さらに、被控訴人大井建興名義で右立体駐車場の構造計算書等を作成し、これらを注文者である被控訴人倉吉サンピアに交付した。

(2) その後、被控訴人倉吉サンピアは、昭和五八年三月九日付で被控訴人竹中工務店と第一建設工業の共同企業体(代表は被控訴人竹中工務店)との間で、倉吉サンプラザアビルの新築請負契約を締結し、被控訴人白兎設計事務所に右工事の監理を委託した。被控訴人大井建興は、被控訴人竹中工務店から同年四月二二日付で右立体駐車場部分の鉄骨工事を代金七五五〇万円で請け負って、右鉄骨工事を実施し、その余の工事は右共同企業体が被控訴人大井建興の作成した実施設計図及び構造計算書等に基づいて施工した。

(3) 右立体駐車場部分(イ号物件)の車路及び駐車スペースの勾配その他の構造は、鉄骨工事(基礎工事のほか、鉄骨の枠組みを造り上げた後、デッキプレートという波板状の鉄製の板を枠組みの中に敷設するまでの工事)の実施によってほぼ一義的に決定されてしまうものであって、鉄骨工事はイ号物件の構造の中核工事をなすものである。その余はデッキプレートの上にコンクリートを注入する工事、配線工事、エレベーター設置工事程度の附帯的なものであって、鉄骨工事の代金額も、立体駐車場部分の工事代金総額のうち約八〇パーセントに達する。

そもそも特許法二条三項によれば、発明の「実施」とは、物の発明の場合、その物を生産し、使用し、譲渡し、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡しのために展示又は輸入する行為をいうのであるから、立体駐車場のような建造物の発明の場合、その設計、監理、工事等の一連の行為が右「実施」に該当するものというべきである。したがって、特許法三五条一項に基づく特許権の通常実施権を有する者が当該建造物の設計及び施工を全部行った場合、これに該当することはいうまでもないが、その一部のみを担当した場合(設計のみを行った場合、施工の一部を行った場合等)に「生産する行為」として「実施」に該当するかどうかについては、各担当者間の関係(通常実施権を有する者が建築につき主導的な役割を果たしていると評価しうるかどうか)、通常実施権を有する者が行った部分が工事の設計・施工全体において占める割合、程度、建造物の種類(施工段階で容易に設計を変更することができるかどうか)等の具体的事情を考慮して決するのが相当である。

本件においては、(1)ないし(3)の各事実のとおり、被控訴人大井建興は、倉吉サンプラザアビルの駐車場部分(イ号物件)について、その設計業務全部を担当し、かつ、その施工についてもその中心的な部分である鉄骨工事を担当したものであることが認められるのであるから、被控訴人大井建興がイ号物件の建築について主導的役割を果たしたものというべきであり、したがって、イ号物件は、被控訴人大井建興が有する通常実施権に基づいて建築されたものと認めるのが相当である。

(三) ロ号物件

右第二の一4の事実及び証拠(乙一五二、一五三)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被控訴人大井建興(福岡支店)は、昭和五六年八月五日、元請人である被控訴人鹿島建設から、被控訴人東邦生命保険所有の福岡東邦生命ビル立体駐車場(ロ号物件)の新築工事につき、本体工事及び設備・その他の工事の全部を合わせて代金四億四〇〇〇万円で受注した。

(2) 右工事の内容は、本体工事として、共通仮設工事、建築工事を、設備・その他の工事として、電気設備工事、給排水衛生工事、消火設備工事、昇降機設備工事等を行うものであった。

(3) 被控訴人大井建興は、昭和五七年四月二〇日ころ、右工事を完成して、ロ号物件を被控訴人東邦生命保険に引き渡した。

右(1)ないし(3)の各事実によれば、被控訴人大井建興は下請ではあるが、ロ号物件の工事全部を請け負い、これを完成したものと認められる。したがって、ロ号物件は本件特許権の通常実施権を有する被控訴人大井建興が建築したものと認めるのが相当である。

なお、控訴人は、建設業法が一括下請を禁止しているので、被控訴人大井建興の下請は部分受注である筈であり、全体としての建築に被控訴人鹿島建設が関与している以上、被控訴人大井建興が第三者である被控訴人鹿島建設に対し実施権を許諾したというべきである旨主張するが、受注票(乙一五二)によれば、駐車場工事のうち除外された部分は見受けられず、ロ号物件はすべて被控訴人大井建興が建築完成させたものと認められるから、右主張は採用することができない。

(四) ハ号物件

右第二の一4の事実及び証拠(乙一五四、一五五の一、二)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被控訴人大井建興(仙台支店)は、昭和五八年一一月一八日、被控訴人熊谷組ほか二社の共同企業体から、被控訴人東北ニチイ所有の立体駐車場となるニチイ古川ショッピングデパート駐車場ビル(ハ号物件)の新築工事につき、本体工事及び設備・その他の工事全部を合わせて代金三億一四五〇万円で受注した。

(2) 右工事の内容は、本体工事として、共通仮設工事、仮設工事、土工事、コンクリート工事、型枠工事、鉄筋工事、鉄骨工事等を、設備・その他の工事として、管制工事、雨水排水工事を行うものであった。

(3) 被控訴人大井建興は、昭和五九年三月一九日ころ、右工事を完成して、ハ号物件を被控訴人東北ニチイに引き渡した。

右(1)ないし(3)の各事実によれば、被控訴人大井建興は下請ではあるが、ハ号物件の工事全部を請け負い、これを完成したものと認められる。したがって、ハ号物件は本件特許権の通常実施権を有する被控訴人大井建興が建築したものと認めるのが相当である。

なお、控訴人は、建設業法が一括下請を禁止しているので被控訴人大井建興の下請は部分受注である筈であり、全体としての建築について被控訴人熊谷組が関与している以上、被控訴人大井建興が第三者である被控訴人熊谷組に対し通常実施権を許諾したというべきでみる旨主張するが、被控訴人大井建興の受注票(乙一五四)によれば、駐車場工事のうち除外された部分は見受けられず、ハ号物件はすべて被控訴人大井建興が建築完成させたものと認められるから、右主張は採用することができない。

(五) ホ号物件

右第二の一4の事実及び証拠(乙二三ないし二五、一五八)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被控訴人大井建興(大阪支店)は、被控訴人西友(契約書上は株式会社西友ストアー関西)から、昭和五六年六月二日、株式会社ツバサ工務店(以下「ツバサ工務店」という。)との共同企業体(代表者はツバサ工務店)により、被控訴人西友所有の立体駐車場となる西友ストアー関西亀岡店駐車場ビル(ホ号物件)の新築工事を、代金五億二〇〇〇万円で請け負った。

(2) 被控訴人大井建興ほか一社の共同企業体は、昭和五六年一二月四日ころ、右工事を完成して、ホ号物件を被控訴人西友に引き渡した。

(3) 被控訴人大井建興は、ホ号物件受注以前から同種駐車場(傾床型)の設計施工を行っている。

右(1)ないし(3)の各事実のとおり、被控訴人大井建興がホ号物件のような傾床型自走式立体駐車場に関する設計・施工の技術・ノウハウを有していること(ツバサ工務店が右のような技術やノウハウを有していることは証拠上窺えないこと)、被控訴人大井建興はホ号物件と同種の駐車場の設計・施工の経験があること等からすれば、右契約はツバサ工務店と共同企業体の形態で締結され、しかもその代表者はツバサ工務店になっているものの、また、両者の請負代金額の分配の割合は不明であるものの、フロア構造の工事という点では、被控訴人大井建興の有する設計・施工の技術・ノウハウ等に全面的に依拠して完成されたものというべきであり、その工事の全体を見れば、被控訴人大井建興が主導的な立場に立ち、ツバサ工務店は補助的な役割を担ったに過ぎないものと認められる。

2  以上によれば、ニ号及びヘ号物件については、いずれも被控訴人大井建興が有する本件特許権の通常実施権に基づいて建築されたものということができるから、被控訴人大井建興がニ号物件を建築し、これを注文主に引き渡した行為、被控訴人西日本商事がニ号物件を使用する行為及び被控訴人山本がヘ号物件を使用する行為は、いずれも本件特許権の侵害にはならないというべきである。

また、イ号ないしハ号及びホ号の各物件は、被控訴人大井建興が有する通常実施権に基づいて建築されたものということができるから、被控訴人竹中工務店がイ号物件を建築し注文主に引き渡した行為、被控訴人白兎設計事務所がイ号物件の設計監理をした行為、被控訴人倉吉サンピアがイ号物件を使用する行為、被控訴人東邦生命保険がロ号物件を使用する行為、被控訴人熊谷組がハ号物件を建築し注文主に引き渡した行為、被控訴人東北ニチイがハ号物件を使用する行為、被控訴人西友がホ号物件を使用する行為は、仮に右各物件がいずれも本件発明の技術的範囲に属するとしても、いずれも本件特許権の侵害には当たらず、被控訴人鹿島建設がロ号物件を建築した行為については、補償金の支払を要する行為には該当しないというべきである。

第五  結論

よって、控訴人の被控訴人らに対する本訴各請求はいずれも結局において理由がなく、被控訴人鹿島建設を除く被控訴人らに対する本訴各請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は結局理由がないからこれを棄却し、被控訴人鹿島建設に対する当審における請求を棄却することとし、訴訟費用について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官水野祐一 裁判官岩田好二 裁判官山田貞夫)

別紙イ〜ホ号物件目録<省略>

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